黒田東彦日本銀行総裁(以下、黒田日銀総裁)は、第3の黒田バズーカ「マイナス金利政策」の導入を発表しました。マイナス金利の導入を受けて、日本初の試みという未知数に市場では混乱が広がっています。この記事では、日本型マイナス金利の仕組みについて解説します。
欧州では、すでにマイナス金利政策が導入されています。しかし、日本で導入されたマイナス金利政策は、欧州と若干性質が異なります。日本銀行の役割を再確認しながら、日本型マイナス金利について正しい理解をしましょう。
マイナス金利政策を正しく理解することは、今後市場で何が起きるのかを考えるうえでも重要なことです。不動産について考えている場合には、住宅ローンがどうなるのかも気になるところでしょう。正しい判断をするための第一歩ですので、しっかりとおさえましょう。
日本銀行によるマイナス金利政策の導入
平成28年1月29日、日本銀行はマイナス金利政策の導入を決定しました。日本でマイナス金利が導入されるのは始めてのことで、世間では動揺が広がりました。黒田日銀総裁は、マイナス金利の導入について質問されたときに否定的な言動を取っていたのですが、第3の黒田バズーカは不意打ちで放たれました。
マイナス金利の導入については、賛否両論ありますが、基本的な狙いは市場の活性化です。世界経済の不安定(原油価格の下落、中国経済の減速など)に日本経済が引っ張られている状況を打開するために打たれた一手です。日本銀行がマイナス金利政策の導入にいたった経緯については、下の記事で解説しています。
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マイナス金利政策は、既にヨーロッパでも導入されています。欧州で導入されているマイナス金利政策は、かなり大規模なもので、その効果は非常に強力に働いています。日本で導入されたマイナス金利政策は限定的なものであり、EUのものとはまったく質が異なります。
そもそも日本銀行とは?
日本銀行は、日本の中央銀行です。中央銀行はとても特別な銀行であり、特殊な役割を担っています。米国には米国連邦準備銀行(FRB : Federal Reserved Bank)、欧州には欧州中央銀行(ECB : European Central Bank)と呼ばれる中央銀行があります。
日本銀行は、政府から独立した金融機関です。立法(国会)・行政(内閣)・司法(裁判所)とされる三権分立の外側に位置します。マイナス金利政策を理解するには、日本銀行の仕組みを理解する必要があります。ひとつひとつ確認していきましょう。
日本銀行の3つの役割
日本銀行が担っている役割は、主に3つあります。3つの役割とは、「発券銀行・政府の銀行・銀行の銀行」です。それぞれが非常に重要な機能であり、経済の舵取り役としてなくてはならないものになっています。
お金(日本銀行券)を発行できる
わたしたちが普段使っているお金ですが、正式名称は日本銀行券といいます。日本銀行が発行している券であり、貨幣価値を日本銀行が保証していることによって価値が守られています。日本銀行券を発行できるのは、日本銀行のみであり、お金の量を調整できる唯一の機関ということになります。
お金の量を調節する機能がなぜ必要なのかということですが、景気を調節し、安定化させるためです。市場(わたしたちの生活している社会)に出回っているお金の量が増えれば増えるほど、みんなにお金が行き渡りやすくなるので、相対的なお金の価値が下がります。逆に、市場のお金の量が減れば、相対的なお金の価値が上がります。
お金の量を増やしたり減らしたりすることで、市場では金利や物価が変化します。景気が悪いなぁと感じたら、金利を下げるように働きかけることで、お金を借りる人が増えて、投資が活発になり景気が良くなります。逆に、景気が良すぎてヒートアップしそうなときには、お金の量を減らすことで消費活動を抑制し、熱を冷まそうとします。
政府の銀行
日本銀行は、政府の銀行という役割もあります。政府は、日本銀行に「日本銀行当座預金」の口座を持っています。この口座を通じて、日本銀行は政府のお金を管理しています。
主にどんなお金を政府は預金するのかというと、わたしたちの税金です。政府は、日本銀行に預けるだけではなく、引き出してお金を使ったりもします。主に何に使われるかといえば、公共事業費・年金の支払い・公務員への給与の支払いです。
銀行(市中銀行)の銀行
普段、わたしたちが使っている銀行を市中銀行といいます。中央銀行である日本銀行に、わたしたちは口座を開設することはできません。しかし、市中銀行は日本銀行と取引することができます。市中銀行は、日本銀行にお金を預けたり、日本銀行からお金を借りたりします。
今回導入されたマイナス金利制度と密接に関係しているのは、この銀行の銀行という役割です。市中銀行と日本銀行のある関係について限定的にマイナス金利が適用されます。その関係とは超過準備額というものです。
準備預金制度
1957年に施行された「準備預金制度に関する法律」という法律に基づいて運用されている制度が、準備預金制度です。市中銀行は準備預金制度によって、日本銀行の当座預金にお金を預けなければならないとされています。そして、日本銀行に預けられたお金のことを、準備預金と呼んでいます。
準備預金と法定準備預金
準備預金とは、市中銀行が日本銀行に預けるお金です。準備預金にはルールが定められていて、市中銀行はわたしたちから預金を受けると、そのうち一定の割合の額を、一定の期間、日本銀行に預けなければならないとされています。市中銀行に義務付けられている準備預金額のことを、法定準備預金額といいます。
超過準備額
市中銀行は、法定準備預金額以上の金額を日本銀行に預けることもできます。法定準備額を超えた分の準備預金なので、超過準備額と呼ばれています。重要ポイントは、法定準備預金と超過準備額には、わたしたちの預金同様、預金金利が設定されているということです。
日本型マイナス金利の仕組み
日本のマイナス金利政策は、欧州で実施されているものとは性質が異なります。強力な力を発揮するマイナス金利政策ですが、日本型マイナス金利はとても限定的な試みなので、欧州ほど強烈な変化は現状起こらないでしょう。どういった点で限定的なのか解説します。
一部の超過準備額の預金金利に適用される
日本のマイナス金利政策では、一部の超過準備額の預金金利にマイナス金利が適用されます。ですので、わたしたちが市中銀行に預けている預金金利に、直接は関係ありません。また、市中銀行としても、すべての準備預金だけではなく、「べつに預けなくてもいいよ。」といわれている超過準備額にのみ適用されます。
これが欧州のマイナス金利政策に比べて、限定的といわれる理由です。欧州では、かなり広範囲にわたってマイナス金利が適用されるため、市場に与える影響も強力です。しかし、日本型マイナス金利は今のところ限定的にしか適用されないため、強烈なインフレを誘発するまでの効果はないでしょう。
一部の超過準備額とは?
日銀当座預金残高(出典:日本銀行)
上のグラフは、日本銀行が提供しているマイナス金利についての説明資料から抜粋したものです。グラフの内容について簡単に説明すると、今回発表されたマイナス金利は「政策金利残高」という部分についてのみ適用するという内容です。
日銀当座預金残高とは、準備預金全体だと考えてください。基礎残高というのは、既に日銀が預かっている準備預金や超過準備額のことです。マクロ加算残高は、基礎残高の利子(+0.1%)によって増えた額をいいます。
今回の焦点である政策金利残高は「今後、預けられる超過準備額」のことです。日銀は、「すでに預かっている分については面倒を見ますが、今後預ける超過準備額は知らんよ。」と言っているわけです。
基礎・マクロ加算・政策金利 = 会社・公園・テーマパーク
少々無理やりですが、「基礎残高・マクロ加算残高・政策金利残高 = 会社・公園・テーマパーク」と考えてください。
基礎残高には、+0.1%の預金金利がついているので、預けておくとお金が増えます。これは会社に働きに行くようなもので、資本(=あなた)を提供することで利益(=給料)を得ることができます。
マクロ加算残高は、預金金利がゼロ%なので、預けておいてもお金は増えません。ですが、減りもしません。これは休暇に子供と公園に遊びに行くようなもので、無料で遊ぶことができます。
政策金利残高は、マイナス0.1%の預金金利がついているので、預けておくとお金が減ります。これは休暇に子供とテーマパークに遊びに行くようなもので、サービス(=エンタテイメント)を受ける代わりに料金(=入園料)を支払う必要があるということです。
市中銀行からすれば、今までは日銀には「会社・公園」しかなかったので安心できました。しかし、新たに「テーマパーク」が用意されてしまったので、今後必要以上に日銀に遊びに行くとお金を取られる状況になってしまいました。
マイナス金利が適用されるとどうなるのか?
ありえませんが、分かりやすくするために預金金利が年利1%だとしたらどうなるのかを説明します。年利1%の預金金利だと、100億円預ければ、1年後に1億円増えて、101億円になります。何もしなくても、預けておくだけで1億円儲かるということです。
マイナス金利は、まったく逆に作用します。年利マイナス1%の預金金利だと、100億円預ければ、1年後に1億円減って、99億円になります。預けておくと1億円損してしまうという仕組みです。マイナス金利の超過準備額への適用とは、市中銀行が日本銀行にお金を預けると、いわば管理料を取られる時代になったということです。
なぜ超過準備額にマイナス金利が適用されるのか?
なぜ日本銀行は、一部の超過準備額にのみマイナス金利を適用したのか?という点ですが、眠ろうとしているお金を強制的に動かすためです。とてもざっくりとした言い方ですが、超過準備額は、市中銀行が「目ぼしい投資先がないので、とりあえず日本銀行に預けておけばいいや。」と考えて預けているお金です。
市中銀行は、わたしたち一般消費者や企業にお金を貸して、その利子から利益を出しています。身近なものでは住宅ローンや車のローンなどですね。企業には、事業向けのローンがあります。お金を貸すというのは、市中銀行からすれば投資です。投資である以上、損する可能性も秘めています。
当たり前ですが、市中銀行は損をしたくはありませんので、リスクの高い投資先にはお金を貸しません。ですが、まったく投資せずにお金を寝かせては、何も生み出さないので、それもそれで困ってしまいます。安全だが、少しでも利子を生み出すところを求めた結果、市中銀行は超過準備額を利用していました。
しかし、超過準備額にマイナス金利が適用された今、市中銀行は慌てて投資先を探さなければなりません。投資先を探して、投資が活発になれば、消費が活性化するので景気が良い方向に動く。これが日本銀行の狙いであり、超過準備額にマイナス金利を適用した理由です。
わたしたちの預金金利に間接的には関係がある
わたしたちの預金金利には、直接は関係しないといいました。しかし、間接的には関係することは明らかです。マイナス金利の適用を受けた銀行が、苦しい状況に立たされているのは事実です。苦しい状況になれば、わたしたちの預金金利も引き下げられます。
わたしたちの生活にとって、銀行が欠かすことのできない役割を果たしている以上、対岸の火事ではありません。すでに色々なところで影響が見え始めていますが、これからじわじわとマイナス金利の効力が発揮されていくでしょう。情報を見逃さないようにしっかりとアンテナを立てておくことをオススメします。
まとめ
平成28年1月29日、日本型マイナス金利政策が導入されました。日本でマイナス金利政策が導入されるのは初めてで、すでに導入されている欧州とは若干性質が異なります。
マイナス金利政策の導入を発表したのは日本銀行であり、黒田日銀総裁です。今回導入されたマイナス金利政策は、日本銀行の主な役割の中でも、銀行の銀行という役割に関係するものです。欧州と違って、一部の超過準備額の預金金利にのみマイナス金利が適用されます。
日本銀行の狙いは、市場の活性化です。超過準備額として眠ろうとしているお金を動かして、投資を活発にし、市場での消費活動を活性化したいと考えています。基本的には、わたしたちの預金金利に関係がありませんが、市中銀行を通じて間接的に影響を及ぼすことは間違いがありません。